Archive for August 2008

コディアック島


Canon EOS-1Ds Mark2 + EF17-40mmF4L


つい数時間前、コディアックへ到着しました。
コディアック島は合衆国アラスカ州アリューシャン列島の根元にある大きな島で、ハワイに次ぐ合衆国で二番目に大きな島です。

ここコディアック島はコディアックベアという白クマに匹敵する巨大クマがたくさん生息しているそうで、出合えるのがとても楽しみです。

今回、ダッチハーバーからコディアックへ向かう途中にポポフ島という場所へ立ち寄る予定でしたが、後から低気圧が迫って来ていたので、急ぎコディアックへ逃げ込むとなって断念。ここ、コディアックへ到着する24時間前はコディアック島南方のオールドハーバーという孤立した村へは一度休憩で立ち寄りました。


★今後★
この数日の滞在のウチにレンタカーを借りてコディアック島巡りをし、再び東へ向かいます。






Posted by: yuki -
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経過報告と今後の予定


Canon EOS-1Ds Mark2+EF400mmF5.6L


また寿司バーへ行って熱燗を一本やった後に、隣のスポーツバーでオリンピック観戦しながらビール飲んでいました。
本来、この時点で日記を書くのは飲酒運転になるので控えるべきですが、このまま放置すると石井友規が行方不明と騒がれかねないために、気合いでマヂメに書いています。
気合いだぁーっ! 気合いだぁーっ! (浜口京子パパ風)


さて、あと10時間でここダッチハーバーを出港し、アリューシャン列島を沿って東へ向かいます。最初はバンクーバーまで直行の予定でしたが、20日以上ノンストップになるし、低気圧が三日に一回通過するためにあちこち寄港して進む事になりました。低気圧や各地の情報によって寄港は変更になりますが、まずは500マイルほど進んだコディアックへ。その後はグレーシャーベイ氷河付近を通過。アラスカ州都ジュノーを寄るか寄らないかで南下し、アメリカを出国、カナダへ入国してバンクーバーへ到着します。バンクーバーは9月中に到着を目指しています。
これまでのベーリング海から太平洋へ戻り、イヌイットからインディアンへ。そしてクマやシャチとの遭遇、運が良ければオーロラも見えることでしょう。
ちょぉー 楽しみ!!(北島康介風)


また次いつネットにつなげることが出来るかわかりませんが、また楽しみにしていてください。
ちなみに、ヨットのブログ(http://blog.livedoor.jp/fangnp2/)も同時に読んでいただけると三倍楽しめます☆
あと、グーグルアースなど使って僕たちの場所を追跡していただければ30倍楽しめますよ。
http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&ll=59.085739,-157.324219&spn=30.645592,93.164062&z=4


しかし、アリューシャン列島を三日に一回低気圧が通過するってどんなけやねん!(笑)






Posted by: yuki -
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ダッチハーバー = Dutch Harbor =


Canon EOS-1Ds Mark2 + EF17-40mmF4L



思い出が一杯の北の世界から南下を続け、とうとう北緯も60度を下まわり、アリューシャン列島のダッチハーバーへ到着。経度でいえばロシア、カムチャッカ半島のペトロパブロフスクと同じくらいだろうか。


そういえば、先日日本では63回目の終戦記念日であった。


この今では魚工場とそれに関連する漁船で溢れるダッチハーバーも、太平洋戦争中は日本軍に空襲を受けた過去がある。一時はアメリカ本土を脅かすほど日本軍はアリューシャン列島を侵攻したこともあったが、ミッドウェー海戦の戦況逆転によりあえなく日本は撤退。その中で有名なのはアリューシャン列島のアッツ島とキスカ島だ。
キスカ島は「奇跡の撤退作戦」で有名だが、アッツ島においては連合軍の圧倒的な戦力による無念の玉砕である。


日本が負け続けたといっても、所詮双方痛み分けであり、残ったものは一生癒えない傷だけである。



終戦63年目。ついちょっと半世紀程前には、世界中の僕と同じ年頃の多くの若者が無惨に散っていった。

僕は毎年のこ時期になると、今の自分の生き方と無念に散って行った彼らと重ねて考えてしまう事が多くなる。







Posted by: yuki -
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セント・ジョージ島 = St.George I =


Canon EOS-1Ds Mark2 + EF17-40mmF4L


ノームを出てからベーリング海を南下し続け、『セント』が頭につく島を三つ巡り、セントシリーズ最後の島、セント・ジョージ島へ上陸した。

セント・ポール島からシャチの研究家であるケリーおばさんと、セント・ジョージ島へ行ってみたいというキャサリンお母さんの二人が仲間入りし、セント・ジョージ島までの6時間という短い航海の旅を一緒に楽しんだ。

セント・ポールよりもさらに小さいセント・ジョージ。厳しい環境の中、漁船等を守るために集落から車で20分程南の何もない所に港を作っており、我々はそこへ入港した。

浮桟橋は全て漁船で一杯であったが、そのうちの一隻に横抱きさせてもらうことになり、さらには獲れたての「おひょう」を一匹もらった。

ちなみにこの「おひょう」、ヒラメみたいな魚なのであるが、いつももらうのは両手一杯に広げた位の大きさ。「こんな大きいのもらって、なんだか悪いなぁ〜」と、思うのだが、彼らから言わせてみれば、「こんな小さいの売れないよ。だからキミたちにあげるんだ」とである。
それに対して我々は首を傾げていたのだが、この横抱きさせてもらった時に初めて「売り物」のおひょうを見て納得した。それはもう、バケモノとでも言える様な巨大なおひょう。長さは大男の身長をゆうに超えるものだったのである。


このセント・ジョージもセント・ポールに負けないくらいの野生動物の王国であり、小さい町のホテルや借家は世界中の研究家が占領していた。







Posted by: yuki -
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セント・ポール島 = St.Paul I =


Canon EOS-1Ds Mark2 + EF17-40mmF4L


再び濃い霧の中へとさまよい漂うこと二日。辿り着いた島はセント・ポールという名前の島であった。

この島は特別大きいわけでもなく、日本で言えば伊豆大島くらいだろうか。

しかし、この島は世界で一番オットセイが多く生息しており、しかも人里から目と鼻の先にウヨウヨしている。

この島のほとんどのビーチはオットセイに占領されており、当然人間の立ち入りが禁止されている。オットセイが怯えるためだ。過去に人間がオットセイの肉と皮を求めて大量虐殺した事があり、その記憶が遺伝的に子孫へ伝えられているのか、黒ごまの様に散らばるオットセイの集団にしても、一人の人間だけで警戒の鳴き声をまき散らす。

そんなものだから、とあるエリアは車外へ降りての観察も禁止。ほとんどの観察は設置された隠れ壁みたいなところから穴を覗き込んでオットセイのオモシロイ生態を観察するのである。


この島はオットセイ以外にも黒く犬みたいな鳴き声をするシャイな北極キツネ。そして様々な野鳥の中にも際立ってその美しさを誇示するパフィンなどたくさんの野生動物が住んでいるのである。そう、まれにトナカイにも出合えるのだそう。



※写真はこの島で友達になったキャサリン親子。






Posted by: yuki -
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『セント・マシュー島(St. Matthew I)』


Canon EOS-1Ds Mark2 + EF70-200mmF2.8L


長い間霧のかかったその海原を抜ければ、まさにそこは桃源郷であった。


赤の一色も存在しない白い虹に歓迎を受け、鏡の様な美しく静かな自然湾では太陽が五つもあるかの様に反射してみせる。


めずらしく訪れた人間に海鳥は驚き、六本木ヒルズの様な大きくそびえ立つ岩山から威嚇の様な鳴き声を一斉に鳴き散らす。


淡路島ほどの大きさながら人は住んでおらず、花と緑と海鳥の楽園である。宮澤賢治の様に下をうつむきながら花を観察するキャプテン。目の錯覚で大きく見える山を我が物の様に山稜を攻めるリュータ氏。そして、これまでにどれだけの人間がここを訪れたことがあるのだろうかと想像を永遠に膨らませ続ける石井友規。思い思いにこの島を楽しむ。


亀裂が入ったままの海岸の石、雨ニモ風ニモ負ケズにどうしてその姿を維持できるのかと不思議に思う。


海岸はずっと水平線まで延び、時折東京タワーほどの高さの絶壁が続いたりする。きっと、ベーリンジアの時代より海の水位が上がり、吹き付ける海風の力もあって長い時間削れ続けて来たのだろう。
この島、一万年後には全て削り取られて地図から消滅しているかもしれない。
地球温暖化? 関係ない。常に変化し続ける地球にとって大地は明日になれば別人だ。


空港もなく、港もない無人島。もう二度と来ることはないかもしれないけれど、海、空、大地、空気、そして海鳥たち。短い時間ながら異空間を体験させてもらった。






Posted by: yuki -
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ギャンベル = St.Lawrence I =


Canon EOS-1Ds Mark2 + EF17-40mmF4L


2008年8月1日
ベーリング海・セントローレンス島『ギャンベル』


斜傾45度はあるだろうか、壁のような砂利のビーチに激突するかの様にテンダーで上陸し、見物に来ていた村人と感動のハグを交わした。

まさに三度目の正直である今回の上陸。我らの行く先を妨げる風と波を打ち破り、念願のギャンベルへ上陸した今回の感動は旅の中でも一段と大きかった。

今回ギャンベル上陸の最大ミッションである、「ユカさんに会うこと」。三度目上陸の朝に電話したときはなんとユカさんは不在だった。

しかし、それでも数時間後に上陸したときには戻っているかもしれない、という願いを胸に我々は上陸へのアプローチを強行したのである。

上陸後、感動した勢いで村人にディーゼルが欲しいと空のポリタンク数個を見せて手助けをお願いし、給油所へポリタンと共に連れて行ってもらうことに。

当然、道路というものは存在しないのだが、砂利のビーチから集落までのだだっ広い土地は「誰か」が付けた道筋をまた誰かが走り、そしてそれを相乗して走りつづけ、気が付けばそこは「道」になっていた。という感じの「道みたいな」道がこの町中に入り組んでいた。

ギャンベルはこれまで見てきたイヌイットの村の中でも土地を余裕に使い、同じ形をした家屋が間隔に余裕をもって建て並べられている。やはり、孤立した町だからなのか、行き交う人皆に手をあげて「Hi !」と挨拶をしてゆく姿をみると、この村一つが一つの家族という感じがする。村のいたるところに鯨の骨が放置されており、現役のクジラ猟の町なんだということがわかるのだが、鯨猟、解体、肉の分配は村人総出の協力が必要であり、ここでこの日々の絆の結束力が発揮されるというわけなのかもしれない。

さて、スーパーの横にポツンと置かれた給油小屋で、ディーゼルをポリタンへ入れているところ、小柄な女性がバギーに乗って近づいてくる。イヌイット民族は日本人に似ているとは言われるけれども、その雰囲気はまさに別物、明らかに日本人であり、一発で「ユカさん」だとわかった。そして、案の定彼女こそ我々が会いたかった人、ユカさん本人であった。我々は握手と感動のハグを交わす。どうやら、さっき飛行機で戻ってきたらしく、村人が「またセールボートが来たよ」と噂していたので、まさかと思いきや、そのまさかであった様である。

ついさっきまではノームにある眼科医へ子どものために予約へ行っていたらしく、その帰ってきた直後だった。
ユカさんは愛知県安城市出身で、今は二児の母である。ユカさんは典型的な日本人女性の雰囲気をもっており、我々にとってもとても親しみやすい方であった。しかし、そんな彼女も空手では「段」を持っており、さらにはバスケットボールが出来るなど、色々な意味で「強い」女性である。ちなみに、その「黒帯」を生かしてここで子ども達に空手を教えているそう。

我々はユカさんの自宅へお邪魔させてもらい、お土産として持参した京都祇園の「おかき」とユカさんの振舞う緑茶でお茶会になった。猛烈に元気溢れる二人の子ども達と遊びながら、色々とここでの生活での写真をユカさんのパソコンで見せてもらった。野鳥の楽園であるセントローレンス島ではその種類多様な野鳥はもちろん、キツネやセイウチ、クジラの写真が多い。写真の中にはこの10歳にも満たない男の子がライフルで仕留めた大きな獲物が写っている写真もあり、嬉しそうに僕達へ紹介してくれた。そして、実際にそのライフルも見せてもらい、手にとる。大人のライフルより一回り小さいライフルではあるが、それを使いこなすというのも凄い。日本では非・常識的ではあるが、やはり自然と共に暮らす民族ならではであるのかもしれない。

このセントローレンス島へイヌイットの仲間入りを果たしたユカさん。アラスカとの縁の始まりはやはり写真家・星野道夫の写真集からであった。星野道夫の写真集に魅せられ、ホームステイするためにこの地へ訪れたのだが、ここで今の旦那さんと知り合い、結婚へと至った。すでにこの世にはいない写真家・星野道夫ではあるけれども、今でも多くの人に影響を与えつづけ、僕もその内の一人である。

人々の人生へ運命のキッカケを与える写真家は偉大である。僕もそんな写真家を目指して頑張っていきたい。



今回のセントローレンスは我々にとって導かれたものだったかもしれない。一度目よりも今回の方が心身ともにアラスカへの「慣れ」が整っていたし、三回目にしてはちょうどユカさんが戻ってきた直後だったため、二回目のアプローチで上陸していては会えなかった。



たった二時間弱の慌しい訪問ではあったが、それに合ったとても濃厚で充実した時間を我々は得られることができた。

そして、ユカさんをはじめ、セントローレンス島のギャンベルにとって、ジョン・タークのカヤックによるギャンベル上陸、関野吉晴「グレートジャーニー」のベーリング海峡自力横断拠点に次いでヨットによるギャンベル上陸という新たな「珍」記録が刻まれたのである。






Posted by: yuki -
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25歳になりました。




☆たくさんの祝電メール、本当に嬉しいです☆


◆25歳の抱負◆
抱負を述べる前に、まずは自分を生んでくれた母親に感謝です。そもそも、誕生日というのは、祝い受ける前に母親に感謝するのが本当のハッピーバースデーなんですよね。
そして、母親に次いで感謝をするのは、写真家石井友規をあらゆる面で応援、支援してくれる皆さんです。どうぞこれからもよろしくお願いします。

25歳ということで、ある意味人生の半分を終えました。
これまでの25年間は自分にとって仕込みの期間でした。これからの25年間はそれを存分に発揮する時間だと思います。

今年で写真歴10周年&メディア初露出10周年ということで、今後も勢いにターボかけて素晴らしい写真をお披露目出来る様に頑張りたいと思います。

そして、より多くの子どもたちへ未来のために写真を活かせるようにします。


■25歳でやりたいこと■
子どもたちとフォトディスカッション
ナショナルジオグライック
初写真集
4度目の富士登山
個展を四つ程



★ストレンジバースデーメモリーズ★
21歳 エアーズロック
22歳 富士山頂
23歳 日本最北端
24歳 夜行電車の中・・・
25歳 合衆国アラスカ州ダッチハーバー
26歳 ・・・月面?






Posted by: yuki -
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ダッチハーバーに到着いたしました。

アラスカ州、砂金の町ノームを出港したのが7/31(日本時間)、それからセントローレンス島、セントマシュー島、セントポール島、セントジョージ島とベーリング海、各駅停車の旅を終えて、アラスカ州のアリューシャン列島上にあるダッチハーバー(53°53′20″N 166°31′38″W)という大きな港町へ昨日到着いたしました。

寿司バーで寿司と熱燗を楽しんだ後、爆睡です。


ひとまず、少し休んで艇を整備して今後のルートを練ります。











Posted by: yuki -
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